自律的な組織で求められる、「”分からない”を受け入れる」スタンス

自然経営に関して、この1年くらい、色んなところで色んな話をしてきました。
自然経営などの自律的な組織では、個人のスタンスとして、”分からない”ことを前提条件として受け入れることが求められるんだ、ということが改めて理解できて、個人的にすごくしっくり来ました。

きっかけとなった「ふんばろう東日本プロジェクト」の話

改めてそう思ったのは、ふんばろう東日本プロジェクトという3,000人の自律的な組織の立ち上げを主導した西條先生のお話を伺ったことでした。
(ほぼ日のこの対談を読むとだいたいのことは理解できます)

お話を伺った勉強会では、参加者からの質問への回答が中心でした。
そのときに、「目的」と「状況」があって初めて「方法」の妥当性がわかる、といった、構造構成主義の考え方などについては、とても分かりやすくお話されていました。

一方で、
「○○な状況のときは、西條先生はどうしたんですか?」
といった会場からの質問に対して、西條先生の回答が、そのときの状況を事細かに描写するような、いわゆる「わかりやすい」説明ではありませんでした(と少なくとも私は感じました)。

それを見ていて、「西條先生は、本当に、細かな状況を分かっていなかった」のではないか、と妙に納得しました。
考えてみれば当たり前の話ですが、「名簿」も「本部」もなく、あらゆる状況が刻々と変わり続ける。会ったことがない人が大半。そんな中で、個別の状況を全部見れていたわけもありません。

いかに「分からない」ことを不快に思わず、当たり前の前提条件として捉えられるか。
自律的な組織に所属する人にとっては、ここの「”分からない”を受け入れられるスタンス」がすごく重要になるのだろうと改めて思います。

では、何が「分からない」のか?

具体的に、たとえば、何が「分からない」のか?いくつか例示してみます。

■「組織の状況」が分からない
ふんばろう東日本プロジェクトの状況にもそのまま通じますが、組織のつぶさな状況については、基本的に「分からない」ことが多くなります。

組織を「自律的」に動かすということは、言い換えれば、「自分以外の誰か」がどんな行動を取るかが分からない、とも言える状態です。
自律的に運営すると言っているのに、「思ってた結果と違う!」と怒ってもしょうがありません。
逆に言えば、中央集権で管理主導の組織だと、基本的に「分かる」ことを前提として出来上がっている、とも言えます。
ふんばろう東日本では、西條先生は「方法の原理」という「こうすればうまくいきますよ」というやり方は提示して、あとはそれぞれの人に委ねていた、という言い方をされています。

ちなみに今回の趣旨からずれるので詳しくは書きませんが、少しマクロに見ると、産業や事業の構造も、どのように変化するか全くわかりません。(このあたりは経営戦略原論に詳しくてとても面白かったです)

■「(自分以外の)人」が分からない
「組織の状況」にも通じる話ですが、その時代ごとに、「人」をどう捉えるか?ということも変わっています。それは、戦略論の変遷もあれば、心理学や社会学と行った人間科学に関する知見の蓄積も大きく貢献しています。
組織運営という観点で言えば、強力な指示命令が徹底されている組織(ティール組織で言うRedやAmberのパラダイム)であれば、一人ひとりの「やりがい」や「モチベーション」といった内面的なことを一切気にする必要がありません

逆に、ふんばろう東日本プロジェクトでは、原則としてすべてがボランティアによって成り立っているので、何をするにしても「お願いするしかない」のであり、多くの人がやりたいことを見つけやすいように多種多様なプロジェクトがあった、とも西條先生はおっしゃってました。

■「自分自身」が分からない
そして、そもそも「自分自身」ですら、人は、そんなによく分かってません。
リーダーシップ論においても「パフォーマンスの高いリーダーはSelf Awarenessが高い」と言われてたりもしますし、瞑想やmindfullnessといったことも、個人的には無意識・非言語の領域へとフォーカスが移っているのだろうなと感じています。
そんな理屈を出さなくても、「あなたのやりたいことはなんですか?」という質問に1ミリのブレもなく確信を持ち続けられる人は多くないし、「ものすごくやりたいと思っていたこと」が、いざ始めてみると「全然面白くなかった」なんてことはいくらでもあります。

「分からない」前提で、どうやって進むのか?

では、こんなにも色んなことがわからないななかで、どうやって前に進むのか?
大雑把に言ってしまえば、
・大まかな方向性を決める
・とにかくやってみる
・反応を見る
の3つを繰り返していく、ということに尽きます。

「とにかくやってみる」ことで初めて「分からない」が「分かる」になるのだから、そこで「分かったこと」を素直に受け止める、という繰り返しなのだと思います。

ただ、闇雲に「とにかく何でもやってみよう」だと、組織・チームとして動くときに、効率も悪いし、感情的にもあんまり良いことがありません。
なので、そもそも「大まかな方向性」を決めておく、というのが重要になります。

一般的な言葉で言えば、ここに「理念」「ビジョン」「ミッション」とかがきます。
その用語・定義・内容などは、正直なんでもいいのですが、とにかく「何かを試すときに、みんな同じことを大事にしている」のが共有されていることが大事です。

このあたりの「大雑把な方向性の共有」だけがあって、あとは、一人ひとりが好き勝手に試行錯誤する。
そんな集合体として組織が成り立っていることを受け入れられるのか?ということが、自律的な組織における個人にはすごく求められるのだと思います。


Also published on Medium.

関連記事

  1. 企業の「スピード感」の背景にある時代認識

  2. ティール組織において、個人的に解けていない3つの疑問

  3. テンセグリティを使った、有機的な組織の疑似体験。

  4. 「日本的なティール組織」について、書き終わってみて。

  5. 先生、相談役、設計士。コンサルタントの3つの関わり方

  6. 組織を理解する「深さ」が変わる5つの観点

  7. 創業の動機を持った「創業者」の役割(”Source Pri…

  8. テンセグリティで体感できる「生命的な組織」の特徴

PAGE TOP