上司は部下に失敗を話さなければならない。

新たな「犠牲者」が出た。

社内でその噂はあっという間に広がったが、意外だと思う人は一人も居なかった。
そのことがまた、彼の課長としての立場がいよいよ危うい、ということを象徴していた。

3年前、同期の中で最も早く課長に昇進した彼は、新人の頃から仕事ができると社内で評判だった。
お客さんからも評価は高く、「この仕事ぶりで新人だなんて信じられない」とよく言われていた。

ただ、「優秀過ぎた」ことが、課長になってからは仇になった。
自分が当たり前と思うことを部下が出来ていないと、どうにも我慢ならない。
普段はよく笑い、人当たりも良い性格なのに、そのときは徹底して問い詰めていく。
正論を論理的に展開されるので、詰められる部下には逃げ道がない。

課長になり、初めて部下を持ったときは、部下になった後輩が非常に喜んでいた。
優秀な先輩のもとで成長できる絶好の機会だと、目を輝かせて働き始めた。
しかし、いざ仕事が始まると、毎日、毎時間、毎タスクごと、やること為すこと全てに対して、とにかく「問い詰め」られ続けた。
やがて目の輝きが失せ、仕事も滞りがちになり、休みも目立つようになり始める。
そして1年も経たないうちに、初めての部下は退職してしまった。

それ以降、彼の下についた部下は、ことごとく「犠牲」になった。
退職、休職、異動願いと形は様々だったが、1年以上続けられるものはほとんどいなかった。

この状況が良くないことは、彼自身が誰よりもよく分かっていた。
降格人事なんてほとんど例がない会社の中でも、さすがに「課長から降格させるべきか」という話が上がり始めていた。

そんなつらく苦しい葛藤の日々が続いている中、ある日、先代の社長がフラっと遊びに来た。
彼を新入社員として採用してくれた社長でもあり、ずいぶん可愛がってもらってきた。
今は相談役に退いていて、滅多にオフィスに顔を出さない。

「なんだ、ずいぶん暗い顔してるな。どうした?元気にしてるか?」
先代の社長は根っから明るい性格で、誰にでも気軽に声をかける。
彼の課長としての「悪評」も知っているに違いないが、もちろんそんなことには触れない。

「いやあ、管理職って難しいもんですねぇ……」
新人の頃から知られている先代社長が相手では、思わず弱音が出る。

「お前は昔っからクソ真面目だからいけないんだよ。もっと気楽にやればいいんだ」

「そうは言われても、仕事なんですから……」

「わかった、お前は色々言うとまた難しく考えすぎるから、まず1つだけ変えてみろ。1つで良い」

「なんですか?」

「毎日、必ず、部下の前で「失敗」を口にしろ」

「家で奥さんに怒られた、とか?」

「違う。仕事の中で失敗したこと、だ。簡単だろ。とにかくやってみろ」

それだけ言うと、先代社長はまた違う人と話しに行ってしまった。

釈然としなかったが、先代社長は社内外を問わず、多くの人から慕われる「人たらし」でもある。
彼が言うからには、何か意味があるんだろう。
何より、降格人事さえ噂されているような立場で、四の五の言っている場合ではない。
とにかく始めてみよう、と彼は思い立った。

しかし、いざ始めてみると、全くうまくいかない。
圧倒的に優秀な彼には、そもそも「仕事の失敗」が滅多にない。
最初の日にかろうじて見つけた失敗は、「お客さんとの打ち合わせに持参する資料の部数が多すぎた」ことだった。普通は、これは失敗とは言わない。

それ以降も、「目立った失敗を見つけられないことが失敗の原因」という、良くわからない状況が続いた。
そんなある日、部下の一人が、お客さんとの打ち合わせでちょっとしたミスをした。
議事録を担当した彼女は、「次回までの宿題」として議論されたことを全く書かずに、お客さんに送ってしまった。
お客さんの方から修正依頼が入ったことで、ミスが発覚した。

「なんで書けなかったの?」
「送る前に確認しなかったのはなぜ?」
「どうすれば防げた?」

議事録が不十分だったことも、上司である自分に事前に確認しなかったことも、そもそも打ち合わせで大事な点を聞き漏らしたことも、彼の「当たり前」からは許せなかった。
なぜそれが起きたのか。どうすれば改善するのか。
良い仕事をしたい、良い仕事をしてほしい、という一心で、どうしても「問い詰めて」しまう。

そんなときに、失敗を口にしろという「指令」をふと思い出した。

「……まあ、打ち合わせも長かったし、議事録とるのも大変だったか。新人のころ、打ち合わせの中身が難しすぎて、途中で眠くなったことがあるんだよね」

「え?そんなことあるんですか?」
彼の新人時代の失敗を初めて耳にして、部下は、意外な顔をした。

「同席してた先代の社長が、それを見て、その場でお客さんに謝ってたんだよね。あのときは本当に恥ずかしかったな……」

「へー、課長にもそんなダメな時期ってあったんですね……」

彼の昔話は、それだけで終わる簡単なものだった。
ただ、この「ちょっとした昔話」の体験は、彼にとっては大きな転換点になった。
昔の自分の失敗、しかも、恥ずかしかったり悔しかったりした失敗を話すことに、初めは抵抗があった。
それでも、そういう話をしたときほど、部下は素直に話を聞いてくれた。
その変化が嬉しくて、話す機会が増えていった。

特に大きかったのが、課長になってからの失敗を話し始めたことだった。
「最初に部下がついたときは、どうすればいいか分からなくて、ずいぶんキツく指導してしまった気がする」
「……今でも、悩むことがある」

問題が起きると、彼が部下を「問い詰め」始めてしまうこと自体は、あまり変わっていない。
それでも、彼自身が「今の悩み」を口にするようになってから、少しずつ、部下の側からそのことをダメ出しされるようになった。

「課長、こないだの言い方、正直つらかったです」

良い上司、良い管理職というのが、果たしてどういうものかまだ良く分かっていない。
改善できる余地もいくらでもある。
ただ少なくとも、「失敗を口にする」という先代社長の指令に従ってからは、誰一人、「犠牲者」を出していない。


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